文楽は二度見に行かねばならない!?

JR四ツ谷駅が最寄ということになるからかもしれない。
駅の改札から麹町口を出て信号をわたり、新宿通りにそって歩みを進めるとすぐ、国立劇場の掲示板の前を通り過ぎることになる。

毎月の演目を伝える役者の姿を大写ししたポスター。
それが何となく気になりつつ、主婦会館に出勤する毎日だった。
上京して30余年、いまだ国立劇場を訪れたことはない。

しかし、縁とは奇妙なもので、このたび四谷近辺に出入りするようになった途端、立て続けに知り合いから観劇のお誘いがかかった。もちろん、件の国立劇場にである。

今回、見に行ったのは文楽の東京公演。
実は、文楽も初めてである。
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文楽は、大夫の語りと三味線の伴奏、そして人形遣いによって生命を吹き込まれる人形により物語が展開していくのだが、一度見ただけではとても満足できない代物である。少なくとも、客の視点は二つの方向に向かう。一つは舞台上の人形、いまひとつは居並ぶ大夫と三味線の声。
とてもではないが、ひとときに両方をエンジョイするのは困難だ。

人形の造形にその造作の一挙手一投足、気になり出したら止まらない。開演からしばらくしたあと、わたしは一つの選択をした。聞こえてくる声に集中することにしたのである。確かに、言葉の選び方、節回し、そして溢れる語彙。日本語の豊かさにどっぷり浸かった数時間であった。

しかし、これはもう一つの犠牲の上に成り立っている楽しみ方だ。
これを埋め合わせるには、いま一度国立劇場に足を運ばなければならない。