「四ツ谷の桜」①

四ツ谷の桜は葉桜へと姿を変へ、初夏の日差しを照り返しております。
昔は松並木だったこと、みなさんはご存じですか?

実はわたしも、戦前まで桜の土手が松林であったという事を知ったのは最近です。
きっかけは番町小学校卒業生の同窓会打合せの席、皆様傘寿(80歳)を超えられ明るく元気な仲良し組。
昭和20年の5月の空襲で麹町・四ツ谷一帯は焼け野原となったそうです。
戦前松林であったという話から悲惨な空襲へと話が進む最中、妙齢な女性が私の耳元で
「みんなと一緒に避難をしていて、松林が燃え上がるのを見ていたの。不謹慎な言い方かもしれないけれど、盛んに燃え上がる火が子供ながらにとても綺麗だった記憶を忘れないわ」
大変興味深いお話しでした。

四ツ谷の桜というお題よりも松と訂正した方が良いのではと気付きましたが、このままお付き合い下さい。ネットで四ツ谷の土手の松の痕跡を追ってみました。すると四谷雙葉学園の校歌の歴史を知りました。

〝雪にもたえて栄ゆく春の 松のみどり 時は今ぞ いざや習え いざや習え いざや変えぬ操“

校歌の1番にある松のみどりは四ツ谷の土手にあった松並木になぞらえて、学ぶ者の心意気を歌ったとの事。
この校歌は雙葉学園共通なもので5つの姉妹校で歌われているそうです。
四谷雙葉で教職につかれた大和田建樹先生の作詞、この歌詞から四ツ谷のかつての松並木の存在が身近に感じられました。

・・・つづく。